クリエイティブ安産祈願(3)「「喘ぐ大根」今昔物語〜素人が妄想を形にするまでの迷走」

クリエイティブ安産祈願(3)「「喘ぐ大根」今昔物語〜素人が妄想を形にするまでの迷走」

市原えつこ
市原えつこ (ID369) 公認maker 2014/09/09
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今回の趣旨について

前回の記事( https://media.dmm-make.com/item/949/ )では、最近制作した森翔太さんを起用したSRコンテンツについてお話しましたが
今回は、最も長く制作している作品について触れてみたいと思います。

https://www.youtube.com/watch?v=GElYzhyzgAY

「大根を触ると喘ぐ」。極めてシンプルでバカバカしいデバイスですが
ものづくりのド素人からスタートしたため、長期にわたる非効率な試行錯誤の結果ようやく辿り着いた、執念の成果物だったりします。
美術教育も技術教育も受けたことのないアマチュアがどうやって思い描いたデバイスを形にしていったのか。
私は精神論が大好きなので、もの作りの中で得た教訓なんかもちょいちょいはさみつつ紹介していきます。

なお、DMM.makeさんの仕様で「セク○ラ」がNGワード認定されるので、
この記事では作品名をセク○ラ・インターフェース」と伏せ字、もしくは「Sekuhara Interface」と英語表記にさせていただきます。

初期衝動:日本の性の再発見(2009)

ことの始まりは大学時代にさかのぼります。
故郷の愛知県を巡る旅に出た折、たまたま辿り着いた「桃太郎神社」という場所。
どうやら安産子宝を願う神社だったようなのですが、入り口でスッポンポンの桃太郎像がお出迎えしてくれたり、とろんとした目のいやらしい顔つきの鬼にまたがれるコーナーがあったり、鬼の珍宝が展示されていたり、カオティックな空間が広がっていました。

これらは日本に昔からあったはずの文化なのでしょうが、自分にとってわけのわからない異文化として異様に映りました。
それと同時に、なぜか強く惹かれてしまったのです。

それをきっかけに日本独自の性文化に興味を持ち、女友達とさびれたストリップ劇場に行ったり、ひとり思い立って秘宝館を訪れたりする日々が続きました。
特に心を鷲掴みにしたのが、熱海秘宝館にあったランプの精をテーマにしたインスタレーション。
王座の脇に設置されたランプをこすると、向かいにある鏡の中でランプの精が「どこをこすってるんですか!」とよがりはじめます。
一体なんなんだろう、無駄にテクノロジーを使ってしょうもないエロを実現しようとするこの熱量は。。バカバカしさに頭が痛くなりながらも、妙に感動してしまいました。

秘宝館=日本の眠れるメディアアートだ!!
性とテクノロジーが結びついたら、確実にヤバいものが生まれる!
そんな妙な確信を胸に、ひとり熱海秘宝館のロープウェーを降りていったのでした。

妄想ことはじめ(2009)

文系ながら若干メディアアート寄りのゼミに所属していたため、ゼミでの自由プロジェクトとしてこの「日本のエロ×テクノロジー」というテーマを提案することに。
ゼミでプレゼンするにあたり、日本の性文化から受けたインスピレーションをどう形にするか、モヤモヤと妄想していました。
頭の中にこびりついていたのは、
ストリップ劇場で遭遇した女性の局部をガン見するおじさま方や、
秘宝館でしっぽりとエロを楽しむ男性たちの姿。
そういった日本のしっとり平和なエロオヤジ的イマジネーションを表現するのに最適な言葉は何か?と考えた時に降りてきたのが「SEKUHARA」というワードでした。
これに、テクニカルなインタラクションを想起させる「インターフェース」という言葉をくっつけて
「そうだ!Sekuhara Interfaceだ!!なんかやたら語感がバカバカしくていい!!」と大興奮。
イメージイラストも書いてみました。ザ・日本のスケベオヤジです。

初めに目を付けていたのは、テルミンという楽器でした。
演奏者の手の動きに敏感に反応し、甲高い音を慣らすテルミンは、潜在的に卑猥さを含んでいる、と常々思っていたので
それならばいっそ音声を喘ぎ声にして「喘ぐテルミン」を作ろう!!と発表しました。

オシャレなインタラクティブアートやイケてる広告クリエイティブ的な方向性が人気だったゼミでは生暖かい半笑いで受け入れられたプレゼンですが、
これになぜか共感し、食いついてくれた稀有な方がいました。
現在も一緒にデバイスを共同制作している渡井大己さんです。
以後、圧倒的な実装力と謎の行動力、クオリティへの職人的なこだわりで作品制作を推進してくれることになります。

【教訓:とりあえず強烈に妄想をさらけ出してみれば、100人に1人は共感して協力してくれる人が現れる!】

試作一発目(2009)

私たちはもともと文学部や商学部といった文系の出自で、私はもちろんプログラミング経験ゼロ(というか今も大してできない)。
共作者の渡井さんも当時実装できる技術があったわけではなかったのですが、当時の指導教員(メディア・アーティストの安斎利洋さん)による秋葉原のパーツショップ巡礼ツアーに刺激を受け、メキメキと実装スキルを習得していきました。
また、渡井さんがいつの間にか、高度な音響プログラミングもDTMも映像制作もできる「慶野優太郎」くんというスーパー文学部生を捕獲しており
彼がチームに入ってから、開発は急ピッチで進んでいきました。
開発チームでブレストしながら喘ぎ声演出の方針を定めていき、声優並みに声のかわいい友人の協力により喘ぎ声の素材も無事に収録できました。

初期の実装は、赤外線センサを用いて、センサからの距離で喘ぎ声を出すというシステム。
テルミンのように、空中で卑猥に手をわきわき動かすことで喘ぎ声を鳴らします。
非常に単純なシステムではありますが、自分たちが思っていた以上に、体験者を異次元へ連れていくようなインパクトがありました。
センシング部分のプロトタイプをさっそくゼミ発表で披露してみたところ、大ウケ。
教室のざわめきに、「これはいける!」という確信を制作陣一同で感じました。

このデバイスと、クールなDJ&卑猥なVJを組み合わせてライブをやるんだ!!などと大いに妄想が広がった時期でした。

※イメージイラスト

生脚の追求(2009)

プロトタイプの出来映えに気を良くした私たちは
より卑猥さを追求するため、外装の設計に着手しました。
セクシャルハラスメントの王道イメージといえば、やはりOLのタイトスカートから伸びる生脚!
ということで、初期の外装はダイレクトに「脚」を制作していました。
ちなみにこの頃は就職活動が佳境で、就活のストレスをぶつけて現実逃避するがごとく
制作にのめりこんでいきました。

※当時の外装イメージスケッチ

が、ここで早速大きな壁にぶつかります。
私たちの造形力がなさすぎて、見た目がかなりチープになってしまうこと。
また、当然ながら見るからに卑猥な外装のデバイスから卑猥な音声が出ても、見たまんますぎて驚きがありません。
作品とは到底呼べず、どうしたものか……と頭を抱える出来映えでしたが、
何にせよある程度形にはなったので、一旦作ったものを外部に見せてみることにしました。

【教訓:ヒドい出来でもとりあえずお披露目しちゃえば何か発見がある】

お花のエロスに目覚める(2010)

初めての発表の場としてターゲットにしたのが、オライリー主催の「Make:Tokyo Meeting(現:Maker Fair)」。Makerのみなさんにはおなじみですね。
しかし、最初の展示でさっそくトラブルが発生。
よく考えたら当然なのですが、作品が卑猥な外装すぎて、今のままだと展示できないという事態になりました。音声のほうは奇跡的にギリギリOK。
急遽、代替になる卑猥じゃない外装を探すため、地元のスーパーを徘徊しました。
あえぐ食べっ子どうぶつ、あえぐハイター……。いろいろな可能性を想像しながら陳列棚を眺め回すものの、イマイチしっくりこない。
それどころかスーパーでモノが喘ぐ様子を想像しまくっていたら頭がショートしてきて、心を癒すためにお花屋さんに入りました。

そのとき、気付いてしまったのです。お花のエロスに……。

曲線的なフォルムにぬめっとした質感。そもそも花は女性器のメタファーとしても使われますし、これは間違いない!いそいで共作者に連絡したら、「いいね!」と好感触。
展示のコンセプトを一新し、「喘ぐ花を愛でる会」という屋号で出展しました。

土着的イメージの表象としての大根、そして夢のライブ実現(2010)

そこそこ良い手応えを得たイベント出展ですが、
筐体として花を使った際に問題になるのが、その脆弱性。様々な人々からのタッチに耐えきれず、展示の終盤にはお花が萎れきってしまう……。
植物を使う方向性はそのまま、もっと耐久性に優れたものはないか?と探したときに目についたのが、艶かしい大根。
保水性にも優れ、何より生脚を彷彿とする、土着的な生々しさをたたえている点にグッと心を鷲掴みされました。

そんなこんなで、初期「喘ぐ大根」が完成。
これを電子楽器として用い、大学の後輩がオーガナイズしたイベントにて、夢の「セ○ハライブ」をお披露目することができました。

https://www.youtube.com/watch?v=lsP_Jp3YVec

卒業論文というイニシエーション(2010)

大学4年生も中盤に差しかかり、卒論の季節がやってきました。
元々フェミニズム・アートや女性特有の芸術表現について論文を書こうと思っており、論文の筋書きも教授に提出して了承を得ていたのですが
他人の表現について研究するより、まずは自分の作品の背景を言語化した方が良いのでは?ここまで執着して作り上げたんだから、ちゃんと系譜立てて整理して自ら解説したい……と考え軌道修正。
自演乙wと思いながらも、自分の作品について自分で研究することにしました。
勢いで制作した作品の背景にある問題意識を掘り下げまくる作業のなかで気付いたのが、
作品をつくることはある意味それ自体が研究であり思考実験だったんだということ。
非常にしんどい作業でしたが、今まで考えていた思考の点と点が繋がるような爽快感がありました。

学科のWebページで論文の要約バージョンを公開しております。
http://hyosho-media.com/xett/vol_1/cri_5.php
全文を読みたいという方はnoteへどうぞ(すみません有料です)。
https://note.mu/moja_etsuko/n/n696f792e3573

大幅にスタイリッシュに改良!(2011)

大学を卒業し、就職してからは真っ当な社会人として生きることにし、SI開発からは遠ざかる日々を過ごしていたのですが
AR三兄弟の川田さんに「AR忘年会に出ない?」とお誘いを頂いたのをきっかけに、チームを再結成し、開発を再開することに。(AR忘年会=各界の面白い人々がストイックに全力のネタを披露する年度末イベント)
初めて大人数の前でパフォーマンスするタイミングだったため、美意識の強い渡井さんがこのままだとマズい!!ダサすぎる!!と奮起し
まるでおしゃれな間接照明のような仕上がりのデバイスへと進化しました。

なんか突然バズった(2012)

その後しばらくイベントでのデモなどをメインに活動していたのですが
作品の性質上、SIは基本的に「放送禁止」枠にいました。(Ustでの放送などもだいたい自分達のパートは放送中止されてました)
ということでめったに表に出ることはなかったのですが、作品がデモで動作しないケースの保険のために制作したデモ映像をYouTubeやVimeoにアップして放置していたのが転機に。
いくつかの賞を頂いたのをきっかけに、一つの媒体が取り上げ、それを見た他の媒体が取り上げ……という拍子で、爆発的にインターネット上で話題になる時期がありました。
長いこと同じ作品の制作や発表をしていた自分たちからすると「なんで今更……?」と首をかしげる状況だったのですが
世の中にはどうやら時流というものがあり、同じ作品でもずっと続けているとそこに運良くハマるタイミングがあるのだ、と身をもって感じました。

【教訓:作品はWebに公開してナンボ】

おかげで、いくつかテレビ出演も果たしました。

執念の行く末

まさかこんなに長く続けることになろうとは、制作当初予想していなかったのですが
こうなったら、もう可能性を絞り出すようにいろんな展開をしてみようと思います。
今のところ考えているのは、明らかに海外ウケの良いデバイスなので、もっと国外に向けて発信したり海外でパフォーマンスしたいなーということ。
あとはちょいちょい希望をいただく販売です。量産がいいのか、オーダーメイドがいいのか、メンテナンスはどうすれば……。考えることは色々あります。
どのフィールドにおいてもアウトサイダーで、あまり王道としては認められにくい作品ではあるのですが
隙間を縫うように自分たちの作品が生かされる分野を見つけ出し、それなりにうまいことやれるようにはなったように思います。
いったい何の役に立つかわからなくても、誰かが猛烈に作りたいと思って生まれたものには何かしらの需要が生まれるものなので
ぜひみなさんも妄想ドリブンでものづくりをしてみて下さい!

ではではまた!

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