三次元の虹の彼方に(2)「アルドゥス・マヌティウスは3Dプリンティングの夢を見るか?」

三次元の虹の彼方に(2)「アルドゥス・マヌティウスは3Dプリンティングの夢を見るか?」

仲俣暁生
仲俣暁生 (ID359) 公認maker 2014/07/14
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長いあいだ編集者として、紙の本と電子メディアの両方にたずさわってきた。物書きとしても紙とウェブ両方のメディアにかかわっているし、数年前から話題になっている「電子書籍」に関してはジャーナリストとしても、企画・制作の側でもかかわってきた。おかげで電子書籍にはたくさん夢を見せてもらったし、幻滅する体験もそれなりに味わってきた。

ところで、人によっては電子書籍を「グーテンベルクの活版印刷術以来の革命」と言ったりする。これは本当だろうか? 活版印刷術(そして後の印刷術における様々なイノベーション)が可能にしたのは、本という「モノ」の大量複製であり、それによる知識や情報の大量流通だった。「一点もの」あるいは少量生産の場合にかかるコストが量産によって劇的に下がると、それらを享受できる層が爆発的に広がり、いわば「民主化」が行われる。

「モノ」の大量生産は印刷革命以後、工業製品、衣料、食品など、あらゆる分野で起きた。15世紀半ばにグーテンベルクが本に対して行ったことを、20世紀半ばにヘンリー・フォードが自動車に対して行い、さらに少し後になってスティーブ・ジョブズらがコンピュータに対して行った。「グーテンベルクの活版印刷術以来の革命」という表現は、こうした出来事の先に電子書籍を位置づけるものだ。

たしかに「紙の本」から「電子書籍」への変化は、アトムからビットへの移行により複製コストをさらに下げ、知識や情報の民主化をいっそう推し進めるものだと考えることもできる。少なくとも電子書籍を賞賛する論者の多くはそのように語ってきた。でもそれだけのことならば、ここまで大騒ぎすることではない。せいぜい、「ペーパーバック2.0」とでも呼べば済むことだ。

ましてや電子書籍の場合、コンテンツの支持体が紙からディスプレイへと変化するためにコストアップとなり、民主化から逆行する面もある。知識や情報の民主化は電子書籍よりも先にウェブによって実現したが、もちろんインターネットも物理的基盤と無縁ではない。

アメリカではブレイクした「電子書籍」が日本ではもたもたしているうち、紙以外のさまざまなモノを「印刷」できる3Dプリンティングの技術が発展した。この技術のことを考えるうち、遅蒔きながら本の「電子化」のもつ本質的な意味に気がついた。電子化は量産や流通の合理化よりも、コンテンツの構造化やモデル化において大きな意味がある。活版印刷術がもたらしたイノベーションの核心が、印刷よりも「活版=可動活字」による組版=モデリングの側にあったように。

「EPIC2014」の作者が書いた小説

そんな思いを強くしたのは、これから紹介する一冊の本を読んだからだ。

メディアの未来に少しでも関心がある人なら、2004年にフラッシュムービーとして発表された「EPIC 2014」という動画を見たことがあるだろう。この映像の前半は、1989年のティム=バーナーズ・リーによるWWWの発明から、アマゾンやグーグルの起業、ブログやソーシャル・ネットワーク・サービスの登場(皮肉なことにいまは亡きソニーの電子書籍もチラッと登場する)など、2004年までの歴史的事実をコンパクトにまとめたものだ。

https://www.youtube.com/watch?v=Afdxq84OYIU

そのうえでこのムービーは、当時における10年後の未来、すなわち2014年までのメディアの激変を、IT企業(主役はアマゾンとグーグル)とメディア企業(その象徴はニューヨーク・タイムズ)との間の熾烈な戦いとして描き出す。ことに前者が合併して「グーグルゾン」という巨大企業となり、敗れた後者は「高齢者とインテリ向け」にオフラインの存在となるという結末が、新聞業界を中心に大いに議論を呼んだことは記憶にあたらしい。

私が読んだのは、この「EPIC2014」の作者の一人であるロビン・スローンが書いた『ペナンブラ氏の24時間書店』(東京創元社)という小説である。「EPIC2014」でも垣間見られた彼のストーリ―テラーとしての才能が、十分に発揮されている傑作である。この物語で語られるのは、「EPIC2014」で語られたITの短い歴史とは対照的に、500年以上に及ぶ本の長い歴史である。そして3D技術が、この物語できわめて重要な役割を演じている。

『ペナンブラ氏の24時間書店』はあくまでも娯楽作品なので(実は「EPIC2014」も生真面目な未来予測ではなく、なかば知的エンタテインメントだ)、読者の興を削がない範囲で内容を紹介してみたい。

スタートアップ企業(ただしベーグル屋)のデザイナーとしての仕事を、ITバブルの崩壊によりわずか1年で失った主人公のクレイは、ペナンブラ氏という老人(しかもファーストネームはエイジャックス!)がサンフランシスコで営む奇妙な書店で、夜勤のアルバイトをはじめることになる。物語の舞台となる店の奥には、もう一つの不思議な古書店が併設されており、そこにときおり訪れる奇妙な客によって、本をめぐる秘密結社の存在が匂わされる。

クレイはこの店で働くうち、グーグル社員の若い女性キャットと知り合う。「プログラムが文学の代わりを果たす」と信じる天才プログラマーである彼女の気持ちを惹きつけることと、この店の謎を解くことを目的に、クレイはこの店の3Dモデルを作成する。そのくだりを作品から引用するとこうだ。

「ぼくはいま店の模型を作っている。大ざっぱ――バーチャルなレゴみたいに灰色のブロックを組み合わせただけ――だけど、だんだん見憶えがある感じになってきた。ちゃんと狭い雰囲気が出ているし、書棚も全部揃っている。座標系を設定したから、プログラムが自分で通路3、書棚13を見つけられるようになっている。それっぽい光がそれっぽい窓から差しこみ、それっぽい店に鋭角の影を落としている。これを聞いてすごいと思ったら、あなたは三十歳を超えてますね」(島村浩子訳、p51)

この店の本をこっそり借りだしてスキャンして読み込んだデータを3Dでモデリングした店内に「時系列可視化」すると、ある人物の映像が浮かび上がる。クレイはそれを手がかりに、かつてのTRPG仲間で、いまや乳房の3Dによるシミュレーション技術で成功し「世界一のオッパイ物理学エキスパート」となったニール、グーグル社員であるキャットらの協力を得て、ペナンブラ氏の書店に潜む謎の正体をつきとめようとする。

「本」というモノをハックする

「EPIC2014」における「グーグルゾン」と同様、この物語にも、実在する事物(アルドゥス・マヌティウスから電子書籍のKoboまで)に混じって、架空の人物や事物(たとえばゲリッツズーン書体や『ドラゴンソング年代記』など)が登場する。虚実入り混じった物語の結果がどうなるかは読んでのお楽しみだが、この作品でスローンが訴えかけようとしていることの一つに、「デジタル」と「モノ」の共存があるように思う。

たとえばそれは、キャットが得意とする「データの可視化」や、逆にモノとしての本の「データ化」として示される。この小説には3Dプリンティングは登場しないが、データとして秘められているものはモノとして可視化・具現化が可能だし、モノはデータ化されることで永遠の命をもつことができる、という思想が語られていることは間違いない。つまりデータと実体の関係が、まるで「魂」と「身体」の関係のように語られるのだ。そう考えてみると、3Dモデリング/プリンティングという技術が、電子書籍以上に、複製技術における大きな「革命」であるように思えてきた。

本や書店、図書館をテーマにしたこの『ペナンブラ氏の24時間書店』という物語のなかで、皮肉なことに「電子書籍」はきわめて冷淡な扱いを受けている。他方、モノとしての「本」は、たんなるノスタルジーにとどまらず、より深い洞察の対象となる。文学への深い造詣をもち、IT業界の動向にも詳しいスローンにとって、3Dモデリングに象徴されるモノの電子化のほうが、「電子書籍」よりもはるかにスリリングで、未来を感じさせる技術だということがよくわかる。

『ペナンブラ氏の24時間書店』には、革張り古書の偽造や折りたたみ式の自作ブックスキャナなど、3D以外の技術をもちいて「モノ」としての本をハックする逸話も登場する。幸いなことに、紙の本はまだ3Dによってまるごとモデル化・複製することはできないし、オンデマンドで印刷・製本すれば、一点からでも複製できる。でもいつの日か、本をまるごと(どうやるのかわからないが)3Dでモデリングする技術が登場するかもしれない。そのとき「電子書籍」は、いまとはまったく違った意味をもつ言葉として復活するだろう。

タイトル:中澤耕平(ASYL)

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