「シンガポールに東急ハンズがやってくる!?」新嘉坡Maker日録(3)

「シンガポールに東急ハンズがやってくる!?」新嘉坡Maker日録(3)

勝本雄一朗
勝本雄一朗 (ID247) 公認maker 2014/08/19
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東急ハンズ憧憬

先月、筆者の周りで最も話題になったニュースと言えば、集団的自衛権の解釈でも、ワールドカップの行方でもなく、東急ハンズのシンガポール出店である。http://www.tokyu-hands.co.jp/news/20149westgate1.html

ああ、東急ハンズ。その御名を知ったのは約20年前、筆者がリアル中2だった頃だ。岐阜の子供のご多分に漏れず、ブラックバスに熱狂していた筆者は、県立図書館で見つけたガイドブックを参考に、ルアーの自作にとりかかったのである。これが一筋縄ではいかなかった。なぜならルアー作りに必要な材料の多くは「東急ハンズ」でしか手に入らなかったからだ。例えば、削りだしたバルサをコーティングするためのセルロースは、堆肥の薫る近所のホームセンターには売っていなかった。やむなくウレタン塗料でケバケバしく塗装し、ブルーギル相手に遊べる程度のルアーは作れたが、本に載っているような、工芸品とも言えるルアーは作れなかった。以来、筆者の心のなかで、東急ハンズへの憧憬は膨らみつづけていた。

東急ハンズに無いものは無い

それから5年。大学進学のために上京して、ついに東急ハンズ参詣が叶った。当時住んでいた街は、岐阜以上の田舎だったが、東に行けば東急ハンズ横浜店があり、北へ行けば町田店が、南へ行けば藤沢店があるという、最高の立地だった。なかでも当時の横浜店には、ほんとうもう、工作に必要なものが何でもあった。憧憬に足る存在だったことが、心から嬉しかった。感動した。興奮した。失禁こそしなかったが、ショーウィンドウのピンセットを眺めてうっとりしたり、使うあてもない理科実験道具を買いそうになったり、当時の奇行を思い出すと、今でも赤面してしまう。

大学一年の夏には、名古屋駅の東急ハンズでバイトする機会にも恵まれた。ここでは多くの学びを得たが、その最たるものが「東急ハンズに無いものは無い」という哲学だ。研修を担当してくれた社員さんは「たとえお客様が、当店に置いていない商品を望まれたとしても、どのお店に行けば手に入るかを探してお伝えしましょう」と接客姿勢を教えてくれた。その言葉に、若干十九歳だった筆者は「これぞ東急ハンズ!」と痺れてしまった。クーラーのよく効いた店内だったが、緑のエプロンの紐に沿って塩が浮き出るほど、毎日充実して働いた。唯一残念だったのは、配属が寝具売り場だったことくらいだ。

もたざる国から、もてる国へ

第一回に書いたとおり、シンガポールには気の利いたDIYショップが無い。だからこその楽しみというのはある。例えば日本じゃほぼ絶滅した商店街の金物屋さんは、シンガポールではなお生きている。そんな金物屋さんで、ちょっとパッケージが怪しいけど、妙に安い道具を買ったりするのは、縁日気分で愉快だ。目利きを試されているようで、ドキドキもする。品揃えがチグハグなのも面白い。

そんな国に東急ハンズがやってくるとは、破壊的である。諸手を上げて歓迎したいところだが、ひとつ気になる点がある。プレスリリース中にある取り扱いカテゴリーが、「ヘルス&ビューティ、ハウスウェア、ステーショナリー、バッグ&トラベル、パーソ ナルスタイル、ヒントスペース」となっているからだ。果たして工具や材料は取り扱ってくれるのか、9月の開店が今から待ち遠しい。

これまでの連載:新嘉坡Maker日録

地元のMaker Faireに参加する 新嘉坡Maker日録(2)
https://media.dmm-make.com/item/1525/

新嘉坡Maker日録(1)「ダイソーは3Dプリンター」
https://media.dmm-make.com/item/913/

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