古典をパクろう(3)「バッハから音の奔流をパクろう」

古典をパクろう(3)「バッハから音の奔流をパクろう」

とくさしけんご
とくさしけんご (ID157) 公認maker 2014/10/22
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ありがたいことに色々な仕事に誘っていただいて、そのたびに、当たり前ですけど「こういう感じ」という注文を受けたり、落としどころの擦り合わせをしたりします。

そしてこの注文の部分は、自分ひとりだとそのことを考えなかっただろうな、ということが多いのであります。
なので、この注文にできるだけ沿い、学習すると、こちらの見識、技術も広がるので双方笑顔であります。

それでもその注文の中で、知らず知らず自分の生理の部分が入ってしまっていることが多々あり、ときにはその部分を全削除することで成立することもあります。
自分の地層の部分が邪魔だったんだと自分で気づく。

この部分。
地層の部分。
何勝手に入っちゃってるの、っていう部分。

ぼくはその大部分がバッハのせいです。
バッハの、音が整列して高速で駆けていく感じと、それらが複数同時進行していく感じ。
音の列が、複数同時進行。
もうずっとこれに呪縛されています。

たとえばこちら(の36分5秒あたりから)

http://www.youtube.com/watch?v=ybbgDep8oVI&feature=youtu.be&t=36m55s

一口にJ.S.バッハの音楽といっても、膨大な数とタイプがありますが、10代のぼくを捉えたのは、音の奔流感でした。
宗教的意味も音楽理論もいろいろあるらしいけど、とにかく、音が洪水を起こしているやつ。
端的に言って、とにかく速いやつ(音楽の神様や、あらゆる誠実なクラシックファンの方々に土下座しつつ)。
音の粒の濁流にのまれるようなやつ。

そして、この粒の奔流感にドップリ、の原因はバッハだけでなく、その演奏者のグレン・グールドとセットでした。
音のすべてのラインとその出入りをクッッッッッキリ描く(演奏する)ことで、音楽の内部が全部どアップで迫ってくる。

先に挙げたピアノ(ハープシコード)協奏曲BWV1053の終楽章の入りなど、ぼくは今でも異様に興奮します。
特に、冒頭の3秒くらいが永遠に続いてくれないかとさえ思います。細部が積み上がった量感に打たれる。
バッハの音楽の、ある種の細かさ、細か過ぎ具合は、
よーーし! 恥ずかしいことを堂々と言うぞ!
自然の摂理と畏怖を感じさせます。

ちょっと自分の皮膚を見てみても、じゃっかん毛が生えているとかはあってもツルっとしています。
でも、これを電子顕微鏡とかで見ると、エグイくらいに細かく色々な機構が働いているわけです。
ちょっと検索してみよっと。
「皮膚 電子顕微鏡」
うわ。細か!きもちわる!

ていうか、「電子顕微鏡」で検索いいなあ。
「結晶 電子顕微鏡」
いいなあ。

大量なものが動く感じとしては、
「イワシ 群れ」
いいなあ。

その他草花、昆虫、星雲、挙げていけばキリがありません。
一度に把握しきれない量や速度、これが大好物であります。

しかしながらバッハも人間ですから、本当に把握不可能な量の音を扱っているわけではありません。
むしろ仕組みは明快でシンプルです。

先の協奏曲の終楽章冒頭の、奔流感、量感はどのような仕組みなのか、時間にしたら3秒くらいの部分だけに絞って、分析してみます。

結論からいうと、「音程の交差」が量感や複雑さを生み出す鍵になっていて、ぼくはこれにもの凄く影響されています。
コードは一度も変化せず、全体で大きくEメジャーが鳴っているだけです。
なので、たまたまですが、コード進行の妙などを勘定にいれることなく、純粋に音程配置だけを気にすればよいようになっています。

この最初の3秒の中で、弦楽オーケストラは同じ音域内での3連続カノンになっています。(図内では鍵カッコで表示)
一度屈折してから上昇する音形なので、このカノンは音程の交差が生じます。
カノンというのは言い尽くされた喩えですが、カエルのうたです。
以下二行でカエルの歌のカノンを書きますが(機種によって文字列崩れるんでしたっけ。。。)

カエルのうたが、きこえてくるよ、ぐゎぐゎぐゎぐゎ
        カエルのうたが、きこえてくるよ、

「カエルのうた」でぼくが一番興奮するのは、「ぐゎ」のところです。
ここで、先発と後発の音程の高低がひっくり返ります。カエルだけに(言ってしまったYO!)。

一般に、複数の楽器や声が一緒に何かする場合、
「高いパート」と「低いパート」に分かれてハモったりすることが多いですが、これが交差したりすると、その把握が難しくなります。
この認知しにくさ (あるいは認知に少し時間がかかる具合)が、量感を錯覚させます。

木々が風に吹かれたときに、波打つすべての葉っぱの位置を正確に追うことは難しいです。
そして木々は、静止している時よりも風に吹かれたときに、葉の量、豊かさが実感されます。

そういう交差が、この協奏曲の終楽章冒頭ではわずか3秒の間に頻発しています。
先の図の一番下の大譜表は、全体のすべての音の推移をまとめて矢印で表示したものです。

3連続の近接したカノンの交差に加え、その交差している束自体を鍵盤パートが大きくV字に跨いでいます。
交差しているものたちと交差していく、という。

そして全体の音響としては上昇していく。
群れながら絡まりながら、全体としては一方向に動いているこのダイナミズムよ!

ぼくもそういう音の奔流を作りたい。
奔流のみのものを作りたい。
奔流して、終わり、
ただそれだけのものを作りました。

http://youtu.be/g8PMFqTDXB0

パラデータもあります。
http://tokusashi.chu.jp/dmm_tracks/dmm_toku_003.zip

これまでの連載

古典をパクろう(1)「ホルストから不自由をパクろう」
https://media.dmm-make.com/item/241/

古典をパクろう(2)「ベリオから無重力感をパクろう」
https://media.dmm-make.com/item/2049/

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