MAKERS #5「株式会社no new folk studio 代表取締役 菊川裕也」

MAKERS #5「株式会社no new folk studio 代表取締役 菊川裕也」

DMM.make AKIBA
DMM.make AKIBA (ID4043) 公認maker 2016/09/21
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このコーナーでは、DMM.make AKIBAを拠点に活躍しているメイカーズにインタビュー。

モノ作りをしている方々の仕事内容や、技術に関するホットなトピック、そしてオフィス内の制作環境を中心に御紹介。話題作りに御一読を!(文・髙岡謙太郎/写真・椎谷達大)

https://www.youtube.com/watch?v=9wzYunGFPLE

no new folk studioによるスマートフットウェア、Orpheの紹介動画。多彩な機能を持ち、センシングによってLEDが自在に輝く

LEDを内蔵したスマートフットウェア「Orphe(オルフェ)」などを開発する、株式会社no new folk studio。「Orphe」のソールには、LED、センサー、Bluetoothモジュールが内蔵され、従来のLEDシューズでは実現不可能だった動きと連動した鮮やかな光を放つ。音と光と情報を放ちながら、ファッションとアートとテクノロジーの領域を横断する、いままでにないウェアラブルデバイスを作り上げた。「No New York」と「Folk」を掛け合わせた社名からわかるように、根底に音楽的な思想を持つプロダクトを手掛ける、代表取締役の菊川裕也の生い立ちから現在までの経緯を伺った。

菊川裕也
株式会社no new folk studio 代表取締役。首都大学東京大学院にて芸術工学を専攻し、2014年より研究として開発を始めたLEDスマートフットウェア「Orphe」の製品化をきっかけに株式会社no new folk studioを設立。「日常を表現にする」をキーワードに新製品を提案していく。受賞歴にアジアデジタルアート大賞優秀賞、Music Hack Day Barcelona - Sonar賞ほか。
http://no-new-folk.com/

――まずは生い立ちからお話を伺えたらと思いますが、子供の頃は何に興味ありましたか?

現在31歳ですが、幼少期はゲームや漫画、お笑いなどが好きで、好奇心旺盛な方でした。小学校の頃は「マジック・ザ・ギャザリング」などのカードゲームで遊ぶのが好きで、何かに真面目に打ち込んだり、ということはなかったです。中学2年で初めてギターを買って、最初に興味が出たのは、ゆず。エレキギターに持ち替えた時はミッシェルガンエレファントで、割と普通ですね。鳥取市に住んでいて、くるりとかが流行っていても周りに音楽に詳しい人がいなかったので、深く入り込んでいける環境がなかったんです。

高校生の頃に漠然と起業するんだろうなと考えていたので、一橋大学の経営学部商学科に入学しました。鳥取からでは、都内の大学はどういう性格なのかわからず誰も教えてくれなかったので、偏差値で選ばざるを得なかったですね。 上京して大学の軽音楽部に入ってから、音楽的にマニアックになっていって。ロックバンドを組み、バンド仲間も増えました。

――上京して人生観が変わることはありましたか?

大学1年生の頃たまたま住んだ東小金井のシェアハウスが、ヒッピーみたいな人が集まる場所だったんです。そこには半年働いたら半年働かない人も住んでいて、それまでは真面目に生きていたから、こんな感じで生きている人もいるんだという大きな衝撃を受けました。
そのシェアハウスは社員寮のような作りで、個室のほかはキッチン、リビング、バス、トイレが共用だったので家賃が安かったんです。なかには大学の先輩もいて、住み心地は悪くなかったですね。家賃を払うときに会う、運営会社の女性が坊主頭に日の丸の鉢巻をしていて印象的でした(笑)。

特に印象に残っている思い出は、強い雨が降っていて大学に行きたくないと思い、リビングに行ったらほとんどの友達が居て誰も働いていなかったことです。それには結構悪い影響を受けました(笑)。

――DMM make.AKIBA もシェアスペースですが、それが初めてシェアするという場所に出会った体験ですね。では、音楽から現在に結びつくまでの話を聞かせてもらえますか?

説明が難しいのですが簡単に言うと、文化の流れというものがあるとして、文化は洗練されていくと同時に陳腐化されていく場合が多いんです。70年代のニューヨークで生まれた「No Wave」というパンクロックのムーヴメントの思想は、音楽の商業化、形式化自体を否定していくラジカルな発想。それに触れて、大きな衝撃を受けました。そのムーブメントにおける名盤が『No New York』という名前で、社名の元になっています。
そして、自分の中の初期衝動みたいなものに対して向き合うこと、自分の出自に対して向き合うことが、「Folk」という態度かなと思って。そのふたつの要素をミックスして「No New Folk」という言葉をテーマにしました。

その後、自分を表現するための手段や技術を身に付けたいと思った時に「これからはフィジカルなものがメディアになるだろう」という予測を思い付いたので、大学院からテクノロジーを学びました。

―― そこから起業したいと思ったきっかけは?

博士課程で学んでいた頃、フリーでものづくりをして生きていくか、教職に就くか、の選択肢で悩んで。その時に楽器を作りたいという思いがあり、楽器は多くの人に使われてほしいという考えがあったんです。

一点もののインターフェイスを考えて研究して発表することも意義深いんですが、現在生き残っている楽器のほとんどは、いろんな人に弾かれて形が変わって、人を介して進化を遂げている。楽器を作ってただ発表するだけではなく、人に使われることで形が変わっていくプロセスを踏みたいと思い、それを実現するためには大量生産の過程が必要で、ならば会社を作ろうと考えるようになりました。
その憧れは博士課程の間に積み上がって。起業の決意が固まった直接の動機は、ABBALab やDMM.make AKIBAが支援してくれたことです。

https://www.youtube.com/watch?v=ALmsa_h8ho8

PocoPocoの紹介動画。「動き」に着眼した音楽インタフェースで、「押す」「掴む」「回す」といった演奏方法で演奏・作曲ができる。

――オルフェの前には、楽器を作られていましたよね。

PocoPocoというシーケンサーのような楽器です。音と光と動きで、音を触るようにしてフィジカルに鳴らせます。PocoPocoは「SIGGRAPH」という学会に出したりして注目された時期もありましたが、大量生産のノウハウがなく手作りをしていたので、そこからスケールを変更するのは難しかったし、仮に売って行くとしたら何十万円という価格になってしまう。それを何人が欲しいだろうと考えると、ビジネス的に難しいなという経験があったんです。

―― そこで挫折があったんですね。

そうですね。新しさを持った楽器は、誰が欲しがるのかという市場予測をするのが難しい。音と光と動きが全部一緒になった楽器を欲しがる人は本当に少ないじゃないですか。では逆に「楽器を欲しくない人でも欲しくなるような楽器」という発想から、Orpheを思いつきましました。最初に形にしたのは2014年3月。その時期に半年ほどスペインに留学していたので、集中して制作できました。

――以前のプロダクトと違って、Orpheを作っていてチャンスを感じた瞬間はありますか?

2014年6月にスペインの「Music Hack Day Barcelona」というハッカソンのイベントで、Orpheのプロトタイプを披露するパフォーマンスが思った以上に受けて。「Soner」という音楽イベントのSoner賞を貰い、テレビで放映されて、靴、楽器、光は人間にとって印象的だということを感じました。プロトタイプは電子部品を付けただけの粗いものでしたが、それだけでもみんなが良いと思ってくれたのを感じたので。

―― そこから日本に戻って、展開していったんですか?

2013年の冬、「GUGEN」というコンペに、PocoPocoを出して優秀賞を頂きました。そこに小笠原治さん(※)がゲストでいらっしゃっていて、ハードウェアの支援をする話をされていました。ただ、支援があってもPocoPocoの量産は難しいと思っていたので、その場では相談しなかったんです。でも、Orpheに関してはビジネスになるだろうと思い、スペインから日本に戻ってすぐに小笠原さんに会いに行きました。

※小笠原治
株式会社ABBALab 代表取締役。さくらインターネット株式会社フェロー。京都造形芸術大学 顧問。さくらインターネットの共同ファウンダーを経て、ベンチャー企業の代表を歴任。現在はIoTを中心としたスタートアップ支援事業を軸に活動中。「DMM.make AKIBA」をはじめ、ものづくりを支援するサービス「DMM.make」の総合プロデューサーを務めた。2015年8月、さくらインターネットにフェローとして復帰。他、経済産業省新ものづくり研究会委員及びフロンティアメーカーズPM、NEDO TCP事業委員、福岡市スタートアップ・サポーターズ理事等を歴任。また、2016年より、京都造形芸術大学顧問に就任。

――Orpheは美術館での展示や、百貨店での先行販売など、ハードウェアスタートアップにしては変わった展開の仕方で、アートやファッションの文脈と接続できる点が特殊ですよね。

金沢の21世紀美術館ではアートの文脈、伊勢丹はファッションの文脈でそれぞれ扱っていただいて、ありがたいと思っています。Orpheを作るテーマとして、境界線を越えるような存在にしようと考えていましたから。もともと僕のつくるものは、音と光と情報を行き来させるテーマがあって、まさにOrpheはそういうもの。ファッションとアートとテクノロジーのジャンルを行き来するように設計していて、色々なコミュニティにリンクするように意識しています。

21世紀美術館に関しては、先方からオファーをいただいて展示が実現しました。声を掛けていただいたのはクラウドファンディングが成功した直後で、実物を見ずに映像やコンセプトを見ただけという状況でしたから、美術館としてもきっと相当な挑戦でしたよね。

no new folk studioのメンバー。左から中西恭介、松葉知洋、山本哲也、雫あきら、PCディスプレイ内はCTOの金井隆晴。

―― no new folk studioのメンバーはどういった経緯で増えましたか?

コアなメンバーは、これまで一緒に何かを作ってきた仲間です。デザインを担当する金井は、PocoPocoを一緒に作っていたメンバー。家電メーカーに勤めていましたが、会社を辞めてnnfに来てもらいました。プログラマーの中西は研究室の後輩で、研究室時代から仕事を手伝ってもらい、卒業と同時に入社しました。現在、フルコミットは4名、委託やインターンのメンバーを入れると全部で10人ぐらいです。いまはOrpheを量産しているので全然人数が足りないですね。売れ行きは順調だと思います。

――DMM.make AKIBAをどのように活用していますか?

僕は最近はオフィス的に使っています。連絡や打ち合わせなどで使う場合が多いですね。プログラマーは僕と一緒に12階でPCを使った開発作業をしています。デザイナーの金井は、10階の設備を活用し、ソール部の試作などハードウェア側の開発作業を行っていますね。

DMM.make AKIBAで主に進めている開発について少し触れると、Orpheのソールは多くのLEDを内蔵した特殊なものです。試作を通じてLEDの粒が見えなくなるようにソール部の透過のパーセンテージを検討したり、LEDや基板をソールのどの位置に設置するかを決めたり、様々なことを検討し、試す必要があります。これまでもLEDシューズは市場にあったのですが、高度な制御基板が入っているものはOrpheが初で、前例がありませんでした。 既存のLEDシューズはたいてい、電池が靴底にあるのですが、Orpheはタンの所から充電する設計になっています。他にない設計なので、イチから試行錯誤するしかなかったですね。こうした特殊なソールを持つOrpheの開発には多くのトライアンドエラーが必要です。DMM.make AKIBAや工場で様々な試作やテストを行い、総数で百足近く試作しました。

――no new folk studioのこれからの展開を教えてください。

Orpheに関しても、まだまだやりたい事があります。今は「自在に光り方をデザインできる光る靴」なんですが、ソフトウェアのバージョンアップによって使い方をかなり変えることができます。例えば、その日どれくらい活動したかライフログを取ったり、ヘルスケアやスポーツの教育など、様々な分野へのアップデートを可能にします。ソフトウェアのようにどんどんアップデートできる靴にしていくことが目標です。

それと、Micro Ad社による「SKY MAGIC」というドローンをLEDで光らせるプロジェクトで、システム制作と演出を手掛けています。ドローンが光って空をディスプレイにすることと、Orpheを履いている人が大勢動いて床がディスプレイになることは、かなり近い現象だと思います。まだ発表出来ないのですが、靴やドローン以外のものも作っています。 やりたいことがいっぱいあって、優先順位をつけるのが難しいですね。
[SKY MAGIC]https://magic.microad.co.jp/skymagic/

――LED技術を用いたプロダクトを今後もつくっていきますか?

今no new folk studioはLEDを活用した表現技術が注目されています。そしてLEDを制御するソフトウェアなどは社内で開発しています。このため今後様々なプロダクトに応用可能です。LEDを利用した他のシステムとの違いとして、録画されたビデオのように再生する機能だけではなく、常に与えられたセンサーの情報でインタラクティブに反応できるプログラムになっている点があります。現在LEDを使った表現として、壁やスーツに内蔵させたLEDを光らせる手法が流行っていますが、そうした中で僕らは出力だけでなく、センサーを活用した入力と出力の二つで楽しめるインタラクティブな部分にこだわっています。

我々はLEDの演出に、音楽の演奏などに用いるソフトウェアであるシーケンサーを使っているので、LEDの光のパターン作成を音楽制作と近い手順で進めることができます。シーケンサーで作成した光のパターンを無線で基板に送り、LEDの光り方を制御しています。これらは以前、大学院のメディアアートの研究室で学んだことや、音楽制作に取り組んでいたバックグラウンドが活きていると思うのですが、今後も様々なプロダクトとして展開していきたいですね。

――菊川さん自身は、これから何をしていきたいですか? 大きな目標はありますか?

大きな目標はあまり言わないようにしています(笑)。 あえて言うならば、「Orphe」は表現のためにマスプロダクト(量産)を目指しましたが、この次は“マスプロダクトありきでしか出来ない表現”をしていきたい。誰もがそれを持っていることで、可能になる表現です。

また、ハードウェアスタートアップはもっと注目されるかなと思っていましたが、まだ思ったほど増えていないので、「自分もやろう!」と思ってもらえる面白い状態を作ることもミッションのひとつだと思っています。

それで、落ち着いたら猫を飼いたいです(笑)。昔実家でスコティッシュフォールドを飼っていたのですが、また猫と一緒に暮らしたい。ごく個人的な夢はハワイにプール付きの別荘を持つことです。小笠原さんも所有してないので。ただ単に欲しくないから買ってないだけだと思いますが(笑)。

――ハードウェアビジネス、スタートアップをしようとしている方に、菊川さんの経験から一言いただけますか?

ハードウェアビジネスはやはり、リスクや手間、コストが尋常じゃないので、大変ですよね。その代わり、まだ誰も手をつけていない領域で新しいものを作れることが醍醐味だと思います。

それと、純粋な気持ちと純粋でない気持ちを同居させないと成り立たないと思います。恐れずに相反するものを両方持つ。僕が気を付けているのはそういうことかもしれません。初期衝動を忘れると求心力がなくなってしまう。しかし現実の課題は多いので、実際は柔軟に対応したり。

また、何かを取るということは、何かを捨てるということでもあって。価格でいうと、少しでも安く提供することは消費者への思いやりじゃないですか。しかし価格を安くした分の圧迫が、自分の会社や製造に関わっているの人たちの負担になってしまう。ひとつの視点しか持っていないと、ひずみが生まれる。自分のステークホルダーへの思いやりを持ち続けることで周囲の人たちを幸せにし、プロジェクトを継続していけると思います。

――では、最後に伝えたいことはありますか?

現在メンバー募集中です!no new folk studioに興味があれば、ぜひメンバーなってください。
[nnf求人]http://no-new-folk.com/#recruitment

また、Orpheは9月9日に発売開始しました。こちらもよろしくお願いします!
[Orpheサイト]http://orphe.shoes

おまけ:DMM.make AKIBAでこのインタビューをしていた頃……CTO金井さんは中国の工場に缶詰だったのでした(メンバー集合写真には奇跡的にSkypeで参加)。

DMM.make AKIBAから一言
スペインから戻ったばかりの菊川さんが、Orpheの原型ともなる「バッシュのソールにLEDを巻いたもの」を持って小笠原さんに会いに来ていた場面が、遠い昔のことのようにも、つい先日のことのようにも思い出されます。DMM.make AKIBAとほぼ同時期に立ち上がったno new folk studioは、AKIBAとともに成長したスタートアップの代表格。様々な困難を乗り越えてプロダクトアウトを果たしたOrpheが、新宿伊勢丹の店頭に並んでいるのを見たときは万感胸に迫る思いでした。

ほんわかとした雰囲気を漂わせながら、ぶれない強い意志と信念を秘めている菊川さんの人間力がたくさんの人を動かし、大きなムーブメントを作り出したのだと思います。そんな菊川さんに巻き込まれた一人、CTO金井さんとのコンビ愛についてはまた次の機会に......。
(編集・境 理恵)

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